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2008年3月21日 (金)

桜前線は何を見たか

春4月、桜前線が日本列島をかけのぼってゆく。2

むかし長崎の硫黄島から、北海道の中標津まで、春にまみれて日本列島をのぼってゆく家族の映画があった。(「家族」山田洋次監督、1970年、松竹、笠智衆・倍賞智恵子ほか)その映画を、山ひとつ向こうの別府の街で、友達と一緒に観た夜、何軒かの呑み屋を廻って帰ってみたら、長男が熱を出していた。カミさんに怒られながら、もう一度別府の小児科病院に車を走らせた暗い山道は、眩しいばかりに咲き誇る桜のトンネルだった。そんな夜もあった。そんなふうにあちこちの村に春があり、人々の暮らしがあった。

今、年間370万人の観光客がやってくる。オカネにして170億円、波及効果は300億円といわれている。しかし、村の自然を育て、歴史を組み立ててきた農業は、年間20億円の生産高を超えることができない。観光土産品の売上が40億円を突破するといわれている現状の中で。春4月、夕日を照り返して玻璃のように光る村の田圃が少しづつ狭くなってゆく。減反政策が進んでいるのだ。そしてアメリカの暮らしの流儀が圧倒的な速さで村の隅々に流れ込んでいる。闘いは北米騎兵隊に包囲されたネイティブ・インディアンの様相を呈してきた。誰か由布院インディアンの独立戦争を応援してくれる勇者はいないか。農家の牛は村の牧野から降ろされて舎飼いとなり、輸入資料に頼るほかはなくなった。牛飼いの仕事が採算に合うことも、和牛肉が美味しく安定することも、この先もうないだろう。広い牧野が生命を失って枯れ草色に染まってゆく。

日本列島をかけのぼりながら、桜前線は見たにちがいない。村々の、町々の暮らしが連なり、組み合わさってできている日本という国が、次第にカーキ色に変わってゆく奇妙な風景を。それでも今年、春4月、湯山に桜が咲き、里には連翹が盛りこぼれて、春は今たけなわである。さあ、新しい仲間と呼び合って、雲雀あ がる丘の牧野に牛の群を放とう。