「正月や 犬の啼き声 ラッパの音」
由布院盆地の住人には「歌舞音曲」の巧者が多い、なぜか?「盆地の所
為」だ と思います。盆地の広さが大きからず、小さからず程がよろしくて、山に叫べば、「山彦」の響きが気持ちよく返って来ます。夏の昼下がりに、突然鳴り渡る雷には驚かされますが、それさえも「音楽的」ではないにしても「音響的」とは言えましょう。由布院盆地が「手回し蓄音機」の「音響箱」になっていて、だから盆地の音が柔らかく、良く響くのです。そんな村に生まれ育った人たちが、よく響く声を持っていない筈はありません。
サトウ・キヨタカさん、81歳。三年前、桃の花の盛りに亡くなりました。素晴らしい声の持ち主でした。「俵を立てたような」と奥さんのカナエさんが評した「ずんぐり・がっちり」の体躯から、」信じられないほど「優しい音」が立ち上ってきます。
中国戦線を戦い抜いて、敗戦の村に帰り、50余年を村のお世話役に生きたこの人は「盆口説き」に拡声装置を用いなかった。「生」の口説きに、「生」の囃し、それが互いに響き合って、「踊り」は盆地の空に高く映えたのです。近頃は村を疾走する車の音に対抗して、拡声機を張り巡らすので、「デンキ仕掛け」の大音声が盆地に響き渡ります。
夏の「お盆」の音が変わった。同時に春の「お正月」の音も変わりました。嬉しそうに走り回っていた犬たちの「啼き声」は聞こえなくなり、奇妙な「ラッパの音」も盆地に響かなくなりました。犬はお正月の「祝儀」に解き放たれて走ったのであり、ラッパは軍隊に憧れる若者たちが吹き鳴らしたものでありました。
幾時代かがありまして、今年また静かな正月がやってくる。旧正二月には私、74歳になります。人生は長く、歴史はもっと長いなあ。
「梟 SEI・HALL 湯布高原 コンサート倶楽部」Vol.11 掲載文 より