映画祭を走り抜けて
さて5月26日の朝、「クレージー・キャッツ」とばかりにできあがった「たすきがけの湯布院」の本がごっそり、印刷所から送られてきた。そのまま第九回由布院文化記録映画祭の「資料販売コーナー」へ運ぶ。だけどこっちはそれ所じゃなかったのです。突然「追悼上映会」になってしまった「あるマラソン・ランナーの記録」の黒木和雄監督に代わって、土本典昭監督に舞台挨拶をお願いする。松川八洲雄監督が体調不順でお出でになれないので、ゲストの筑紫哲也さんを担ぎ出す。(土本監督・池内了センセ・清水浩之コーディネーターとの「吉野作造―デモクラシーへの問い」論議が素晴らしかった)。樋口源一郎監督の「真性粘菌の生活史」を、もう一本の「追悼上映」に仕上げて、石井董久カメラマンにお話を請う。やがて隣県の熊本から「もっこす元気な愛」(寺田靖範監督)の主役たちが車椅子でやってくる、などなど・・・。 ここで私、宣言しました。「来年第十回で、映画祭を引っ張る役割を降ります」、えー、ガヤガヤ・・・、すると筑紫さんが嬉しい「助け舟」を下さった。「それがいいね、日田でやった<自由の森大学>も、私10回で辞めました、いつまでもやっていると、後が育たないよ」、バンザイッ。(ヨシッ、来年は早めに「作品選定作業」を終えて、「仲間・応援・人脈づくり」にかかるぞ)。時間をかけて町内・外の「交信」「交流」を分厚くする、そんな「助走」をやらなければ「作品選定」も「実行気力」も実らないよ。そうしておいて私、退場だ。 それで早速「作品選定」にかかったか?いや、いや、映画祭が終わった5月の末日、抑え込んできた高校の「同窓会」を決行し、6月初日に、キビシイ「会社朝礼」をこなしてから、飛行機で信州・松本に飛んだ。「渡来人まつり」in浅間温泉だ。うーむ、やっぱり「たすきがけ」の疾走なのです。