山小屋が始まった
♪ 夏も近づく八十八夜/野にも山にも若葉が茂る/あれにみえるは茶摘じゃないか/茜襷に菅の笠
八十八夜がやってくる。立春から数えて八十八日目だから、今年は5月1日になる。(閏年)
戦後中国戦線から復員してきた父親は、すっかりくたびれていたけれど、お茶を摘む季節になると少しだけ元気を取り戻すのだった。
母親は村の畑に出て近所の主婦たちといっしょにお茶の葉を摘む。庭はずれの山小屋では漁師村からきたお手伝いさんが、力いっぱいに葉っぱを蒸してくれる。父と私はその山小屋の囲炉裏に座って、蒸しあがったお茶の葉をシコシコと揉みあげるのだ。
朝から夜まで山小屋に篭って数日間作業を続けると、本宅の猫が置いてけぼりをくったと思って、子猫をくわえて越してくる。父親と私は、ラジオから聞こえる大鵬・柏戸の大相撲に耳を傾けながら、いつまでも囲炉裏でお茶の葉を揉み続ける。
山小屋は、村人とキンさんの家族が焼材で建ててくれた。戦後すぐに奥屋敷の別宅をキンさんに貸して、こっそり造っていた焼酎の小屋から火が出たのだ。「スミマセンデシタ」とキンさんが涙を流し、家族そろって何日も再建奉仕をしてくれた。村の人たちも「焼酎でお世話になった」というので加勢してくれて、おかげで立派な焼材の山小屋が出来上がった。
噂が広がると福岡から、若い学生さんたちがやってきた。1人1泊40円、毛布1枚10円。電気・水道・炊事場完備。
こうして、村ではじめての山小屋観光が始まった。山小屋のパーティーで、中学生の私が歌った替え歌。
♪ 朝も近づく12時ごろは/野にも山にも火の珠ばかり/あれに見えるは幽霊じゃないか/白い着物に足がない
いつも、村のトクちゃんといっしょに、大声で歌いながら学校に通った歌である。当然本歌よりもするすると出てくる。その解説─。
♪ 朝も近づく12時ごろは─というのは少々おおげさだが、朝4時前にトクちゃんは山に登る。牛の飼草を切るためだ。露の深いうちがよく切れる。早い時間なら近くの良い草場にゆけるし、帰ってからの朝飯前の畑仕事にも余裕ができる…。
梅雨も間近な早朝の空の下。暗い草原に時折、牛の眼や草刈鎌や野の露が光る。人影も動く。それが火の玉でも、幽霊でもないことを知らせ合うために、村人たちは口々に歌を歌いながら草を切るのだ。
だからトクちゃんはすばらしく歌がうまく、その弟子であった私も相当にうまい。







